和訳、『歩戦令』

はじめに

 

三国時代の部隊編成の実態を探るうえで重要な史料である、曹操著『歩戦令』。

折角ですので、その原文と思われる文章、
字引(古語未対応)に記された単語、

さらには、(かなり哎呀な)和訳も掲載します。

 

【原文】

步戰令曰:嚴鼓一通,步騎悉裝;再通,騎上馬,步結屯;
三通,以次出之,隨幡住者,結屯住幡後。
聞急鼓音,整陣,斥候者視地形廣狹,從四角面立表,制戰陣之宜。
諸部曲者,各自安部。陣兵疏數,兵曹舉白不如令者,斬。
兵若欲作陣對敵,營先白表,乃引兵就表而陣。
臨陣皆無讙譁,明聽鼓音,旗幡麾前則前,麾後則後,麾左則左,麾右則右。
不聞令而擅前後左右者,斬。
伍中有不進者,伍長殺之;伍長有不進者,什長殺之;什長有不進者,都伯殺之。
督戰部曲將,拔刃在後察,違令不進者,斬之。
一部受敵,餘部不進救者,斬。
臨戰,兵弩不可離陣,離陣,伍長、什長不舉發與同罪。
無將軍令,有妄行陣閒者,斬。
臨戰陣騎皆當在軍兩頭,前陷陣騎次之,遊騎在後。違令,髡鞭二百。
兵進退入陣閒者,斬。
若步騎與賊對陣,臨時見地勢便,欲使騎獨進討賊者,
聞三鼓音,騎特從兩頭進戰,視麾所指;聞三金音,還。
此但謂獨進戰時也。其步騎大戰,進退自如法。吏士向陣騎馳馬者,斬。
吏士有妄呼大聲者,斬。
追賊,不得獨在前在後。
犯令者罰金四兩。
士將戰,皆不得取牛馬衣物。
犯令者斬。
進戰,士各隨其號,不隨號者,雖有功不賞。
進戰,後兵出前,前兵在後,雖有功不賞。
臨陣,牙門將、騎督明受都令。
諸部曲都督將吏士各戰時,校督部曲督住陣後,察凡違令畏懦者。
有急,聞雷鼓音絕後,六音嚴畢,白辨便出。
卒逃歸,斬之。
一日家人弗捕執,及不言於吏,盡與同罪。

『维基文库 – 自由的圖書館』より転載
ttps://zh.wikisource.org/wiki/%E9%80%9A%E5%85%B8/%E5%8D%B7149

 

【単語とその和訳】

読者の皆様の理解を少しでも支援すべく、

以下に、古語未対応ながら、
字引で引いた単語も掲載しておきます。

なお、ここで注意すべき点は、
文字によっては、画数の少ない簡単な字であっても、
日本語とは意味の異なる使い方をするものがあることです。

 

嚴:激しい
通:太鼓を打つ回数
悉:全て
結:集まる
屯:集める、(駐屯する)村
以次:順序によって
幡(番):回数、順番も含むか
住:止める、止まる、休める、動きを零にする
疏:疎らにする、数を飛ばす、慎重でない
曹:輩
舉:全て、皆
白:明らかな、明白な
營:軍の駐屯する場所
表:表す、示す、手本・模範
安:安心させる、安定させる
部:部隊
引:導く、案内する
就:従事する、取り掛かる
讙譁:騒々しい
麾:差招く、軍隊を指揮する旗
擅:ほしいままにする
督戰:督戦する
舉發:摘発する、暴露する
閒:間
陷陣:敵陣を落とす
髡:髪を剃る刑罰
特:専ら
獨:ただ
不得:してはいけない
明:公開する、明らかである
受:受ける、耐える、適合する
都:全て、~にまで、全く~
令:命令、させる
察:事細かに見る、研究する
在:~している、ある地点に存在する
凡:平凡な、普通の、全ての
畏:恐れる、尊敬する
懦:臆病
畢:終える、完結する、すっかり
辨:弁明する、是非を明らかにする、見分ける、辨白:申し開きをする
便:例え~でも、すぐに、
出:離れる、出る、外れる
卒:兵
日:一日、期日、日数、日にち
弗:費やす、使う、減る
盡:全て、悉く
執:捕える
及:及び、並びに
家人:家族、使用人

 

 

【原文のニポン語訳】

激しい太鼓が一度鳴ったら、全ての歩兵・騎兵は装備を整え、
二度目の太鼓で騎兵は乗馬し、歩兵は部署に集まる。
三度目の太鼓で、順番通りに出撃し、
次の一隊は止まり、その次の一隊はその後方に集結する。
早い音の太鼓が聞えたら、陣を整える。
偵察部隊は地形の広狭を確認する。教本に従って、正しい陣立てを行う。
各部曲の者は、各々の部下に平常心を保たせる。
数を飛ばしたり命令を無視するのが明白な兵士は、斬る。
兵が敵に対して陣立てを望む場合、
当該の地に何も存在しないことを示し、兵を率いて陣立てに取り掛かる。
陣に臨んでは、雑談私語を慎み、太鼓の音を明瞭に聴き取れるようにし、
旗番の上官による前後左右の進退の指示に従う。
命令を聴かずに勝手に進退する者は、斬る。
伍の中で進まぬ者がいれば、伍長がこれを殺し、
伍長の中で進まぬ者がいれば、什長がこれを殺し、
什長の中で進まぬ者がいれば、都伯がこれを殺す。
督戦する部曲将が現状を注視した後に抜刀した際、
命令を犯して進まぬ者は、これを斬る。
ひとつの部が交戦の折、手が開いている部がこれを救わない場合は、斬る。
戦に臨んで弩を持つ兵士が陣を離れてはならず、
違反の場合は、伍長、什長が摘発しなければ、これも同罪とする。
将の軍令なくみだりに動く者は、斬る。
二部隊の騎兵が並列で臨戦態勢を取る場合、
一隊が敵陣を落とした後、残る一隊はその後に続く。
違反者は髡刑(髪を剃る刑罰)と鞭打200回に処す。
兵が進退中に(騎兵の)陣に入る者は、斬る。
歩兵と騎兵が敵と対陣した際、騎兵単独で敵を攻撃する場合は、
三つの太鼓の音を聞いた後、ひたすら陣頭で戦う二隊の騎兵の後に続き、
原隊の旗の指示を確認する。三つの鐘の音を聞いて帰陣する。
ただし、単独での進撃の時に限る。
歩兵騎兵の大掛かりな戦の場合は、進退は軍法による。
陣に向かって馬を走らせる吏・士は斬る。
妄りに大声を上げる吏士は斬る。
敵を追撃する時、ひとりで(隊列の)前後にいてはならない。
違反者は罰金4両に処す。
士・将が戦地にあっては、牛馬衣類を略奪してはならない。
違反するものは斬る。
番号順に従わず前進して戦った者は、功があっても恩賞は取らせない。
隊が前進する時、後ろの兵が前の兵の前に出るのも、
功があるといえども、恩賞は取らせない。
陣に臨んでは、牙門将・騎督は受けた命令を公開する。
各部曲の都督・将・吏・士は交戦中、校督・部曲督は陣に留まった後、
命令違反の者や臆病な者を全て、注意深く観察する。
急に雷鳴のような太鼓の音が鳴り、さらに六つの激しい音が鳴り終われば、
例え戦場から離れていても申し開きをする。
逃げ帰る兵がいれば、これを斬る。
その兵士が帰還後、家族・使用人を使って当人を捕えても、
その日のうちに役人に申告しない場合は、皆同罪とする。

 

 

訳文について

 

まずは、字引を引きまくって
1日掛かりで仕上げたのですが、

あまりに誤訳が甚だしいと思われる文章が少なからずあり、
そうしたものは篠田耕一先生の訳文に差し替えました。

実は、篠田先生の訳文をそのまま掲載した方が
遥かに正確で(語句も綺麗で)分かり易い良いのですが、

御本の構造上、
軍隊の構造の説明に重点が置かれていることで
訳文が分散しており、

私のヤバい邦訳を晒すことと相成りました。

無論、辞典の著者である香坂先生に非はなく、
古語の辞典を座右に置かない私の怠慢が原因です。

 

1、『歩戦令』と戦国時代の戦争

 

歩戦令の前提となる図として、
『三国志軍事ガイド』から引用します。


『三国志軍事ガイド』p124

この辺りの箇所数ページを丸ごと抜いた方が良いのですが、
如何せん長いので避けます。

これに因みまして、篠田先生は、

『武器と防具 中国編』において、
中国の前近代の戦争の大体の形は戦国時代には固まっており、
それは銃砲が登場する明代まで変わらなかったと記しておられます。

また、私の個人的な感想としましても、

例えば三国志の正史を読む分には、

特に城攻めの様子が、
攻防双方共、動きが大掛かりなうえに、籠る側の描写も生々しいことで、

指しあたって、三国時代については、
戦国時代の戦争とあまり変わらないという印象を受けます。

兵書についても、
特に宋代までは目立った発展がなかったそうな。

もっとも、こういう頭デッカチな怠慢さが原因につき、

古今無双の豪傑とやらが無数登場した割には
異民族との戦績が亡国レベルの数字なのでしょうが。

 

 

2、後漢の部隊編成の俯瞰

 

続いて、什伍・都伯、部曲、といった部署・職階の俯瞰図については、
同書から以下の図を引用します。
再版を希望するという意味も込めて。


『三国志軍事ガイド』p44

 

なお、この図については、
渡邊善浩先生の『知識ゼロからのCGで読む三国志の戦い』にも
掲載されています。

さて、前回の記事で、
陽人の戦いの職階が「騎馬都督」と書いてしまった呂布。
私の誤りです。

正史に胡軫の部隊に都督や都尉が数多いたと書かれていたことで、
「騎馬都督」と書いたのですが、裏目に出ました。

騎兵隊自体が歩兵と独立編成で、
その指揮官が「騎督」の模様。

で、こういうのを見ると、

上の図の部隊編成の全体像からして、
どうも曹操・董卓の軍に共通してそうなことが垣間見えます。

やはり、数多の先生方が指摘されている通り、

『歩戦令』に出て来る戦闘単位は、
曹操が既存の兵書を参考に経験則との兼ね合いで編み出したものではなく、

後漢の軍の正規軍の編成単位そのものを意味するのではなかろうか、
と、思った次第。

いえ、今頃気付いたのか、オメデタイ、という話か。

―で、自らが経験したヤバ気な違反行為を羅列して、
斬れだの鞭打ちだの、法は貴きには手心を加える、だのが、
当人の独自性と。

これに因みまして、以前、私が、

兵を集めた武将が
銘々の兵法で訓練して
各流派の兵学に基づく編制単位を用いていると
推測(勘違い)した根拠として、

後世の史書が漢代の部隊編成について書かなかったこと以外には、

そのうえ、曹操本人が『孫子』に脚注を付けた際、
自分が生きた時代に活かす筈の内容にもかかわらず
わざわざ司馬穰苴の部隊編成を引用していることで、

末端の兵卒の管理、
―什伍に関しては民政制度という基盤があるにせよ、

特に中規模の部隊編成については、
国定の制度自体が無かったのかと思ったのですが、

そこまでザルな話ではなかったのでしょう。

―やはり素人の浅知恵でした。

後、気になるのは、

『魏書』の「曹仁伝」で、
曹操の親衛隊の虎彪騎の隊員を百人「督」からも選抜する、
という話が出て来る点。

この百人「督」なる職階、
仮に、これが曲の督であるとすれば、

その下の職階である都伯は、
100名未満(区分方法から考えて恐らく50名)
ということになります。

こういうことを考えると、ゲーム・メーカーの方や、
小説や漫画でも書こうとする人は悩ましいものだと想像します。

一方で、豪族の私兵や盗賊の類、呉の軍隊もあるいは、
既存の兵書の取捨選択≒独学の線も考えられると思います。

この辺り、特に、三国の内情については、

編成の実例や動員兵力、時代等を睨みながら、
もう少し丁寧に整理しようと思います。

 

 

 

おわりに

 

さて、今回も、何か結論めいたことはありません。

『三国志ガイド』のような本にもう少し早く出会っていれば、
恐らくこういうサイトを立ち上げることはしなかったのですが、

その一方で、
ヘンな漢字のものも含めて色々な文献を物色するうちに、

恐らく日本の既存の文献では
あまり明らかにされていなさそうな材料も
あるにはあったことで、

そうしたものを少しでも開陳出来ればと思う次第。

 

後、余談ながら、最近こそ大分状況が変わりつつあるものの、

こういう軍隊関係や日常生活等の考証学的な話は、

ハイレベルな研究者の方々も
本当はそっちの方に興味があって、それでも、
やりたくても手が回らない事情が垣間見えると言いますか。

無論、古代中国史に限った話ではありません。

詳しくは書きませんが、
分野は異なるものの、
私もそういう事情で、色々と回り道をしました。

そして、このサイトのような素人の余技であればともかく、
そういうものに造詣があるとないとでは、
研究に対する理解もかなり変わって来るのでエラいことです。

調べ物については、

たとえどのような雑用知識であっても
あるに越したことはありません。

 

 

【主要参考文献】

篠田耕一『三国志軍事ガイド』
『武器と防具 中国編』
渡邊義浩『知識ゼロからのCGで読む三国志の戦い』
杜佑『通典』
香坂順一郎『簡約 現代中国語辞典』

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