『周礼』考工記の説く、武器の使い方と囲

はじめに

今回は、

『周礼』考工記
「廬人為盧器」における

戈戟・矛の使い方と、
矛・殳の囲
―先端の金属の部分と
柄との接合する部分、
の御話。

今回をもって、

「廬人為盧器」の内容を
漸く、一通り、
整理出来たことになります。

もっとも、

大意を正確に
取れているかどうかは
全くもって別にして。

加えて、

短い文章にもかかわらず、
何とも時間と労力を
要したこと!

自分で自分を誉め、
られる筈もなく。

1、当該部分を書き下す

それでは、まずは、
当該の箇所を、
原文で確認します。

なお、書き下しや
字義の解釈は、
サイト制作者の愚見
基づきます。

あくまで御参考まで。

凡兵、句兵欲無彈、
刺兵欲無蜎
是故句兵椑、刺兵摶
撃兵同強、舉圍欲細、
細則校
刺兵同強、舉圍欲重、
傅人則密、
是故侵之

句兵:戈・戟
彈(弾):弾を発射する、
琴を奏でる、
悼(ふる)う=振る・回す、
と同じ。(鄭玄注)
刺兵:矛
蜎:くねくねと曲がる
さっと飛ぶ
椑:柿の一種。
ここでは、動詞で、
柿の木から
実を枝から捥(も)ぐ、
といった意味か。
その他、平たく円形の杯、
斧の柄(鄭玄注)
摶:集中する
撃兵:殳
強:励む
舉:ふたり、あるいは両手で
持ち上げる
圍:武器の先端の
金属部分やそれとの接合部分
校:素早い、
「校、疾也」(鄭玄注、
『春秋左氏伝』昭公元年に
用例有)
傅:迫る
密:安定する

凡そ兵は、
句兵は彈(ひ)くなきを欲し、
刺兵は蜎なきを欲す。
これ故句兵は椑(へい)、
刺兵は摶(もっぱ)らにす。
撃兵は同(とも)に強(はげ)むに、
圍を舉(あ)げるに細きを欲し、
細は則(すなわ)ち校。
刺兵は同に強むに、
圍を舉げるに重を欲し、
人に傅すに則ち密にして、
是故これを侵す。

で、この文章の前半部分
図解したものが、以下。

なお、この解釈には
実は相当問題があるのですが、
それは後述します。

『周礼』(維基文庫)、『周礼注疏』(国学導航)、戸川芳郎監修『全訳 漢辞海』第4版等(敬称略・順不同)より作成。

2、戈戟・矛の使い方

次いで、
大体の意味について
触れます。

句兵―戈や戟は
振り回さない、

刺兵―矛は
くねくねさせないのが
望ましい、

というのが、
戈戟や矛の各々の使い方。

因みに、
「彈」は、鄭玄曰く「悼」。

オー〇ニサンみたく、
アッパー・スイングで
本塁打を量産するための
得物にあらず、と。

二ホン人で
メジャーの投手から
逆方向の柵越えを
打つのですから、
まあ、大したもので。

それはさておき、

矛をくねくねさせない、
というのは、

サイト制作者の解釈ですが、

柄をしなわせないことだと
思います。

サイト制作者が
未だに理解しかねるのが、

次の「句兵は椑」の部分。

「椑」柿の一種、
楕円、棺桶や丸く平たい容器、
その他、斉の方言で斧の柄、
といった意味があります。

で、ここでは、

当該部分についての
「椑」の主流と思われる解釈は
楕円。

『周礼注疏』によれば、
原文は以下。

云椑、隋圜者、
謂側方而去楞是也

隋:こわす
圜(円):円形の様
側:偏った様
方:四角
楞:角

椑を云うに、
圜(えん)を隋(こぼ)つは、
側方をいい去是也
楞(りょう)を去る
これなり。

確かに、

「椑」を楕円、
「摶」を丸いと解釈すれば、

句兵は椑、刺兵は摶

戈や戟は楕円で、
矛は円である、

という具合に、
ひとつの対比としては
意味は通じます。

しかしながら、
その前の「これ故」との
関連性を考えると、

振り回さないので楕円、
くねくねさせないので円、

という話になり、

サイト制作者としては、
意味が分かりません。

先述の『周礼注疏』も、
字義に言及するに
止まります。

2、キワモノ解釈、
「椑」は動詞?!

そこで、
「椑」の他の意味の
可能性等、
色々考えた挙句、

「椑」を馬鹿正直に柿とし、
この線で調べ事を進めました。

―と、言いますのは、

勘めいた話で恐縮ですが、

以前、この『周礼』考工記の
「冶氏為殺矢」を
捻った解釈をせずに
素直に読んだところ、

西周時代の出土品の
戟の中に、

その規格に
ほぼ準拠したものが
あったことが
理由のひとつです。

以下、「椑」を
キワモノ解釈とする
怪しげな考察
あらましで御座います。

さて、その
「椑」なる柿ですが、

残念ながら、
手に取って食べたことは
ないのですが、

百度検索さん
検索を掛けると
画像が数多く出て来ます。

余談ながら、

朱元璋が若い時分に
飢えを凌ぐために
これを摘み喰い
したのだそうな。

写真を見る限りは、
日本のものよりも
少し小振りだと思います。

で、その柿の仲間と
戈との関係ですが、

日本の農家さんの
柿の収穫の風景について
画像検索を掛けたところ、

竹や木の棒の先端に
三角の切り込みを入れ、

これで枝ごとへし折って
鈴なりになった実を
収穫する、

―というものが
ありました。

これを見て、

「椑」は恐らく動詞で、
―椑を採る、
もう少し言えば、

(戈のように)
得物で引っ掛けて
枝を折る、

だと思った次第。

ただ、これも、

文法に則った訳
というよりは、

ニュアンスと言った方が、

サイト制作者の感覚に
近いです。

しかしながら、

確かに、
学術的な話としては
乱暴な話ですが、

「摶」を
「摶(もっぱ)らにす」
―集中する、と、
読むことで、

「椑」と「摶」の対比は
楕円と円に比べて
弱くなるものの、

大体、以下のような訳で
意味が通じるかと
思います。

戈は振り回さず
矛は切っ先を
くねくねさせないのが
望ましい。

したがって、

戈や戟は引っ掛け、
矛は切っ先を
一点集中させる。

もっとも、

サイト制作者としても、
楕円と円の意味が分かれば、

『周礼注疏』の解釈に
乗り換えたい位に
迷ってはいますが。

その意味では、
教養として知っておく分には
『周礼注疏』の
解釈の方が無難で、

願わくば、

モノの考え方のひとつ、
程度で御願い出来れば
幸いです。

3、やっつけか極意か?!
戈の変則用例

さて、流れをぶっ壊すようで
恐縮ですが、

ここに、
もっともらしく
「〇兵」と説明があるものの、

実際の殺し合いの場面なんぞ
武器の用例については
結構いい加減なところ
あります。

春秋時代の終わり頃、
定公四(前506)年
の話ですが、

呉の伍子胥の用兵の前に
楚が大敗を喫し、

事もあろうに
首都の郢
(えい:後の江陵)まで
取られました。

その折、楚の昭王が
逃避行の最中に
盗賊に寝込みを
襲われまして、
さあ大変!

王の命運や如何に。

以下、
『春秋左氏伝』の原文で。

王寝、盗攻之、
以戈撃王
王孫由于以背受之、
中肩

盗:盗賊・群盗
撃:叩く・突き刺す
中:当たる

王は寝、盗之を攻める
戈をもって王を撃つ
王孫由、
背をもって之を受け、
肩に中(あた)る

盗賊の戈による一撃を
孫の由が
王の身代わりになって
肩で受けた、

―という御話。

因みに、
この由という御仁、

後日、城郭改修の不備を
咎められた折、

逆ギレして、

出来ぬことを無理やり
押し付けるからだ。
こういうことは出来るが
デスク・ワークは無理だ、

と、例の桜吹雪の入れ墨、
(若い方には通じませんか)
ではなく、
肩の傷を見せ付ける、

という豪傑肌の人。

こぼれ話はともかく、

定石通り、
首に引っ掛けて
スマートに斬るのではなく、

力任せに
打ち掛かっている訳です。

こうなると、

戈は「句兵」なんだか
「撃兵」なんだか
判然としません。

因みに、『左伝』には、

他にも、
戈で人を殴る描写が
ひとつならずありまして。

余談ながら、

幕末の斬り合いでは
日本刀で突くのが
実戦的であったそうで、

どうも、
それと似たような話に
思えます。

【雑談】戈の形状の変遷に事寄せて

さて、ここで、

西周時代の前後の
武器の変遷という観点から
粗い見立てを行うと、以下。

佐藤信弥先生
『戦争の中国古代史』
によれば、

故・林巳奈夫先生の
学説の引用として、

殷代中期には、
戈で敵兵の盾を付いて
自分の側に引き倒す、
という使い方であったのが、

後期には、
甲冑の発達とその対策で
(戈や戟の直角部分に付いた
湾曲した刃)が付く、

という大きな変化が
あったそうな。

実際、殷代の戟の出土品には、
胡のない短戟もあります。

したがって、
『周礼』が西周時代の書き物と
仮定すれば、

当時は、
戟や戈の形状や使い方が
大きな変遷の最中に
あったことになります。

それを受けて、
あるいは、

当面は使用に足る
マニュアルめいたものが
必要とされた状況
あったのかもしれません。

穿った見方をすれば、

政治の話はともかく、

当座の武器の規格までもが
儒教の理想国家の礼という形で
後世に残ってしまったことで、

当世一流の賢者は元より、

サイト制作者のような
箸にも棒にもかからない
愚者も巻き込んだ、

何とも息の長い
謎解きや伝言ゲームに
発展したような気が
しないでもなく。

で、どうも、コレ、
書いた方は、存外、
泉下で笑ってやせんか、

―と、感じる薄気味悪さ。

因みに、戈頭・戟体の
形状の変遷が
一旦落ち着くのは、

春秋時代に入ってからの
ことです。

西周時代も西周時代で、

戟刺・戟体が一体の
が作られたものの、

これも楊泓先生によれば
作りが脆いことで
刺突・斬撃の双方を
こなすことが出来ない、

という具合に
大きな試行錯誤が続き、

次の時代には
分鋳されることとなりました。

【雑談・了】

4、殳の囲の性質

さて次は、
囲、つまり、

得物の先端の
金属の部分と
柄との接続部分、

―の御話です。

ここで、一応、
殳という武器の概念
大雑把に確認します。

以下に、
以前の記事で掲載した図解
再掲します。

『周礼』(維基文庫)、『周礼注疏』(国学導航)、稲畑耕一郎監修『図説 中国文明史』3、伯仲編著『図説 中国の伝統武器』、戸川芳郎監修『全訳 漢辞海』第4版、等(敬称略・順不同)より作成。

次いで、

冒頭にあげた
書き下し文の当該箇所を
再度見てみます。

撃兵は同(とも)に強(はげ)むに、
圍を舉(あ)げるに細きを欲し、
細は則(すなわ)ち校。
刺兵は同に強むに、
圍を舉げるに重を欲し、
人に傅すに則ち密にして、
これ故これを侵す。

まずは、言い回しですが、

「同に強み」というのは、
恐らくその後の部分に
係ります。

つまり、ここでは、

撃兵(殳)も刺兵(矛)も
囲については
かくかくしかじか、

と、いうような意味かと
思います。

これを踏まえた上で、
以下のような意味に
なろうかと。

得物を両手で
持ち上げる際、

殳は細いのが
望ましく、
機敏に動けることを意味する。

矛は敵を刺す際に
重い方が安定するので
望ましい。

因みに、『周礼注疏』
当該部分を見ると、

校読為絞而婉之絞
校を読むに
絞にして婉の絞となす

玄謂校、疾也
玄(鄭玄)謂うに校、疾なり

―と、ありまして、

前者の「絞而婉」は、
『春秋左氏伝』の引用箇所。

果たして、

この注釈に従って
同書の
昭公元(前541)年の件
確認すると、

叔孫絞而婉
叔孫、絞にして婉

という文言があります。

何の話かと言えば、以下。

この年、
当時鄭の領地であった
(河南省三門峡市)にて
諸国の要人
会合を行いまして、

その折、行人
(外交官、
ここではホスト国の接待役)
子羽(公孫揮)
子皮(罕虎)に対して、
言った言葉です。

小倉芳彦先生の訳も
活用させて頂くと、

魯の叔孫豹の外交辞令が
このブログと真逆で
手短に要点を纏め、
かつ婉曲である、と、
誉めて見せた、

と、いったところかと、
思います。

座右の字引きによれば、
「絞」は、

悪く言えば、
切羽詰まって余裕がない、
といった意味もあります。

余談ながら、
子皮という人は、

その後の子産と並ぶ
鄭の大黒柱的政治家。

武器の話に戻ります。

殳が軽快に振り回せるのが
望ましい、
というのは、

察するに、

元々が重く
取り回しが悪いことで、

少しでも軽快に動ける方が
分の悪さを軽減出来る、

という話なのでしょう。

残念ながら、

管見の限り、

戈頭・戟体や矛頭に比べて
殳の出土例が少ないことで、

金属の鈍器であり、
モノによっては
トゲが付いている、

という以外の
実物ベースの話は
出来ません。

とは言え、

以前の記事で
何度か引用した通り、

昭公二十二
(前521)年の
晋楚の代理戦争も兼ねた
宋の内戦の折、

華豹の車右の張匄(かい)が
公子城の戦車の横木を
殳でへし折った、

という用例があります。

因みに、春秋時代当時の
城攻めの戦法のひとつに、

複数名の兵士が
鈴なりに戦車に乗り込み、
突入して
城門前に乗り付ける、

というものがあります。

言い換えれば、

それ位荒々しい使い方に
耐えうるフレームを
殳で叩き割れる訳で、

それだけの
威力(≒硬度・重量)がある
ことが、

囲が細いのが
望ましいことの
前提にある、

ということになります。

5、重きを欲して軽くなる?!

次いで、矛の囲について。

圍を舉げるに重を欲し、
人に傅すに則ち密にして、

ですが、

「密」を、
字引きにある通り
安定する、と、解釈すれば、

矛頭が重い方が
刺さり易いので望ましい、

という話だと思います。

確かに、長さ≒重さ
仮定すれば、
当然の話なのかも
しれません。

事実、
以前の記事でも
触れた通り、

西周時代の矛頭の中には、

『周礼』冬官が
説く程ではないにせよ、

50cm余の長いもの
あります。

まずは、当該の記事で
掲載した図解を
再掲します。

周緯『中国兵器史稿』、楊泓『中国古兵器論叢』、伯仲編著『図説中国の伝統武器』、稲畑耕一郎監修『図説 中国文明史 3』、林巳奈夫『中国古代の生活史』(敬称略・順不同)等より作成。瀏城橋出土の矛を「戦国時代」に訂正。

しかしながら、

時代の変遷をたどれば、
別の側面
見え隠れします。

確かに、
どの時代の矛頭にも
長い短いはありますが、

中でも先述の西周時代の
50cm超えの矛頭は
管見の限り戦国時代以前は
他に例を見ません。

また、
全体的な傾向としては、

戦国時代までは、

時代が下るに連れて
短くなる傾向にあるように
見受けます。

先の矛頭の図解で言えば、

呉と燕の国君の矛頭の比較が
分かり易いかもしれません。

つまり、

『周礼』冬官の説く、

重いのが望ましい、という、
至極もっともな理屈が、

時代が下るにつれて
実利面から
乖離していった可能性
あると考えられます。

とは言え、
残念ながら、

サイト制作者は、

現段階では
この理由は分かりません。

大体の話としては、

歩兵の集団戦の普及や、

それに伴う
武器の持ち手の兵士の
体力的な制約等の
可能性を考えますが、

史料で確認した訳では
ありませんので、

個人的な感覚としては、

想像の域を出ないのが
正直なところ。

で、さらに興味深いことに、

漢代以降、

「圍を舉げるに重を欲し」への
回帰が始まった可能性
考えたいと思います。

以前の記事の図解を
再掲します。

過去の記事や図解を
読み返すのは、
正直なところ、
汚物に触るが如しで
かなり怖ろしいのですが、
それはともかく―。

学研『戦略戦術兵器事典 1』、楊泓『中国古兵器論叢』、伯仲編著『図説 中国の伝統武器』、篠田耕一『三国志軍事ガイド』・『武器と防具 中国編』等(敬称略・順不同)より作成。

『戦略戦術兵器事典 1』
図解の模写です。

来村多加史先生の
担当箇所で、

残念ながら、

図解にある武器が
出土した地域は
分かりません。

とは言え、

詳細な長さが
書いてあることで、

この通りであれば、

については、

戦国時代まで続いた、

短く軽いことによる
取り回しの良さを追求する
戦い方から、

前漢以降の
鉄の普及によって、

重さにモノを言わせて
突くという戦い方へと
一転した、

ということが
言えるかと思います。

所謂『三国志』の戦いも、
このような背景を
持つものの、

鉄も鉄で
量の限られた資源につき、

消耗品の鏃を
銅で作っていたところを
見ると、

むしろ銅製の武器の方が
鉄製より多かったと
考える方が
自然かと思いますが、

その銅で鉄製の武器と
同じ形状のものを
製造する不思議。

この辺りの事情の解明は、
また後日。

話が膨らみ過ぎたことで
矛の囲の話を纏めますと、

囲が重い方が良い、
というのは、

どうも、
西周時代特有の事情
によるもので、

普遍的な概念とは
言えないのではないか、
と、考える次第。

おわりに

そろそろ、

例によって、
今回の記事の内容
以下に纏めることとします。

1、『周礼』冬官の
説くところによれば、

戈戟は振り回さず、
矛はくねくねさせないのが
望ましい。

2、ただし、春秋時代には、
戈を相手の体に打ち込む
用例も見られた。

3、『周礼』冬官は、
矛の囲は重い方が
安定して刺さるので
望ましい、と、説く。

4、しかしながら、
戦国時代までは、
時代が下るにしたがって、
矛の囲は短く≒軽くなる
傾向にあった。

5、3、の内容は、
西周時代特有の事情に
起因すると考えられる。

6、『周礼』冬官によれば、
殳の囲は、
機敏に動けることで
細い(=軽い、か?)方が
望ましい。

7、6、の前提条件として、
打撃による
相応の破壊力がある。

【主要参考文献】(敬称略・順不同)

『周礼』(維基文庫)
『周礼注疏』(国学導航)
小倉芳彦訳『春秋左氏伝』
(各巻)
杜預『春秋経伝集解』
周緯『中国兵器史稿』
楊泓『中国古兵器論叢』
稲畑耕一郎監修
『図説中国文明史 3』
伯仲編著
『図説 中国の伝統武器』
林巳奈夫『中国古代の生活史』
佐藤信弥『戦争の中国古代史』
戸川芳郎監修
『全訳 漢辞海』第4版

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5 Responses to 『周礼』考工記の説く、武器の使い方と囲

  1. 澤田 豊 のコメント:

    こんにちは。三国志のゲームが好きで、当時の戦争をイメージするのに
    このサイトを参考にさせてもらってます。いつも貴重な情報ありがとうございます。

    私は素人ですので中国語とか分かりませんが、武器の使い方についてゲーム・キャラの動きから
    うまく解釈できるんじゃないかと思って、以下の文について愚見を申し上げる次第です。
    凡兵、句兵欲無彈、刺兵欲無蜎
    是故句兵椑、刺兵摶

    「句兵欲無彈」の部分は戈や戟といった、振り回す・叩き付けるタイプの武器に関してです。
    この彈は「敵の武器を自分の盾や武器で弾いて、敵の攻撃をそらす」という意味だと思います。
    なので、「戈・戟を使う兵士は、敵に持ち物で武器を弾かれないようにしたい。」と解釈します。

    「刺兵欲無蜎」の部分は矛や槍といった、突き刺すタイプの武器に関してです。
    この蜎はボウフラだそうで、クネクネ動くさまを表現してるようです。
    槍は正面の敵に対する直線的な攻撃なので、敵が左右に身をかわすと命中しません。
    なので、「矛・槍を使う兵士は、クネクネ動く敵に避けられないようにしたい。」と解釈します。

    「是故句兵椑」の部分が謎だそうですが、敵の行動に対する対策だと、私は考えました。
    「敵が武器を弾いてくる」のは嫌だから「弾かれないようにする」のです。
    ポールウェポンを使う際に、日本刀の素振りや釣り竿のように、棒の端っこを持つと、
    リーチは長くなるけど、棒をしっかりと支えることができず不安定で、敵の弾きに対して弱くなります。
    だから、両手の間隔をあけて棒を持てば、棒を横に弾かれても、テコの原理でブレにくくなります。
    その姿を横から見ると椑(楕円形の杯)のように見えるから、椑と書いたんじゃないかなと思います。
    つまり、「だから、戈・戟を使う兵士は、椑のように両手を広げて武器を持ちなさい。」と解釈します。

    「刺兵摶」の部分も、敵の行動に対する対策だと考えれば、うまく解釈できます。
    この摶は素直に「旋回する」という意味で取ります。
    「敵が横に動く」のは嫌だから「旋回しながら(あるいは、旋回してから)突き刺す」のです。
    敵が横に動いても、槍を持ったままその方向に旋回して突けば命中する、ということです。
    あるいは、横に動かれることを想定して、突き刺す直前まで、旋回できるようにしろ、ということかも。
    とりあえず、「矛・槍を使う兵士は、敵の方向に旋回するようにしなさい。」と解釈します。

    どうでしょうか?こういう読み方なら、前後の文章がつながり、意味が通るように思います。
    見当違いの意見かもしれませんが、少しでも参考になる所があれば幸いです。

    • aruaruchina のコメント:

       澤田 豊 様

       まずは、貴重な御意見を頂き大変感謝します。

       当該の文章ですが、
       何を視点としているのかが分かりにくい文章で、
      やはり、そこがポイントになるのか、と、
      思った次第です。

       まず、「兵」ですが、私は兵器と解釈していますが、
      ここでは、兵士と取っても、大した違いはないのかもしれません。

       次いで、句兵ですが、「句」は「かぎ」。

       つまり、『周礼』が書かれた時代(西周か?)の段階で、
      殷代のある段階までのような相手の盾に武器を打ち込む武器ではなく、
      既に、相手の首に引っ掛ける武器、という認識をしていたものと
      思われます。

      一方で、 「欲無〇」ですが、〇(動詞)を受動態と取る、
      という発想はありませんでした。成程、と思います。

       『周礼』の恐らく次の時代の話となる『論語』の巻第二の終わりにも、

      「事君數斯辱辱矣、朋友數斯疎」という文章があり、

      故・金谷治先生は、

      君に事(つか)えること数々(しばしば)すれば、斯(ここ)に辱められ、
      朋友に数々すれば、斯に疏んぜらる。

      と、書き下されています。

      因みに、「數」は、ここでは、うるさくする、だそうな。

      つまり、動詞は、「被」等を入れなくとも
      受動態(〇〇される)とも取れる模様。

      と、なれば、御指摘のように、
      「彈」も「蜎」も相手の行動とも取ることも出来ます。

      ただ、座右の辞書(『漢辞海』第4版)には、
      「彈」に日本語にあるような「弾き返す」という意味がなかったので、
      当時、この解釈は避けましたが、

      私が不勉強なだけで、
      「彈」にそういう用例があれば、

      ボクシング宜しく、
      相手の攻撃をブロックしたりサイド・ステップを踏んで相手の正面から消える、
      といった解釈も有り得るのかもしれません。

      恐らくは、集団戦を想定した『司馬法』の五兵の話とは前提条件の異なる、個人戦の話につき。

      大変恐縮ですが、以降の御話の返信は、また後日。

       

      • aruaruchina のコメント:

        さて、「椑」については、

        「両手の間隔をあけて棒を持」った状態で、
        「棒を横に弾かれ」る様を「横から見ると椑(楕円形の杯)のように見える」は、

        どのような角度であれ、
        打ち込んだ武器が相手のそれに弾かれて跳ね返る軌道が楕円形になる、

        という話と拝察します。

        対して、「摶」については、
        「敵が横に動く」のは嫌だから「旋回しながら(あるいは、旋回してから)突き刺す」

        とのことで、

        矛の切っ先を相手の動く方向に合わせ続ける、
        ―軸足を固定してコンパスのように切っ先で相手を追尾し続ける、

        という話と拝察します。

        成程、使い手の行動と並行して武器の状態を見る、という点では、
        非常に興味深い発想だと思います。

        私も武器の先端の形状と長さにばかり注目していたことで、
        こういう広い視点が抜けていました。

        ただ、その場合、気になるのは、
        やはり前者「椑」の解釈の方でして、

        戈頭・戟体の肝である、
        胡を相手の首に引っ掛けて切り落とす、
        という行動に関しては弱さを感じます。

        言い換えれば、得物を打ち込んで弾かれることについては、
        「打兵」―殳にも当て嵌まるかと思います。

        とはいえ、今後、
        こういうモノの見方も必要だと思った次第です。

  2. 澤田 豊 のコメント:

    素人がいいかげんな思い付きを書いてすみませんでした。
    インターネットで検索してたら、中国の辞書に解釈が書いてました。

    Kao Gong Ji: The World’s Oldest Encyclopaedia of Technologies
    https://books.google.co.jp/books?id=NG3DDwAAQBAJ

    これの88ページに、原文と中国語の解釈、英訳、ドイツ語?訳があります。
    中国語の漢字をなんとなく眺めて、英訳を読んだ感じでは、
    武器の柄(や持ち手の部分)の断面の形が、楕円形なのか円形なのか、
    という違いを説明してるようです。

    敵に引っ掛ける武器は向きが重要だから、手の中で回転しないよう、
    持ち手の断面が楕円形になってる。

    敵を突き刺す武器はたわんだらいけないから、どの方向にも曲がらないように、
    柄の断面が円形になってる。

    という風に、中国の専門家は解釈してるみたいです。
    前後の文章が武器の長さや重さを説明してるから、断面の形なら納得です。
    私の読みは間違ってるかもしれませんので、私が参考にしました
    この辞書をご自身で読んでみて頂けるようお願いします。

    • aruaruchina のコメント:

      重ねて感謝致します。

      残念ながら、

      当該の文献の閲覧や入手が難しいので
      私の方での確認は今のところ出来ないのですが、

      座右の文献を確認したところ、
      殷代の戟の中に、柄の断面図が楕円のものが1例ありました。

      出土品の写真は大半が横から見たものばかりで、
      さらに、戈については戈頭の側面から柄に付けるという構造なうえに、
      柄については現物自体が殆ど残っておらず、

      中々、現物からは確認が難しいです。

      件の当該の1例も、戈頭の装着部分が、
      それこそ楕円形に柄を取り巻くという
      西周以降には恐らく存在しないか少ないタイプだったからこそ
      判明した次第。
      (周緯『中国兵器史稿』p386・第14図版)

      次の回で、「盧人為盧器」を一通り読む予定ですが、

      私自身、文献の内容を確認出来ていないというアキレス腱があるものの、
      少しでも調べ事を進めるための材料を手元で腐らせるのも申し訳ないことで、

      その辺りの御話について、典拠の紹介と要確認を御願いする前提で、
      少しばかりしようかと考えています。

      さて、情報の正誤ですが、

      自身の経験則ながら、

      自分が知らないものを調べる際、

      内容の正誤とは別の次元で、
      物の見方として吸収する分には何かしらの収穫はあるものでして、

      その辺りは、どうか気になさらぬよう御願い申し上げます。

      当方も素人ですし、
      注釈にあった、斉の方言で斧の柄、この意味がこれで漸く分かった次第です。

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