『周礼』考工記の定める武器の規格 02

はじめに

前回に引き続き、
『周礼』考工記に記された
武器の規格について記します。

1、戈頭・戟体の形式

治氏戈頭・戟体
形状についての
記載があります。

早速読んでみましょう。

戈廣二寸、
內倍之、胡三之、援四之。
已倨則不入、已句則不決。
長內則折前、短內則不疾、
是故倨句外博。
重三鋝。
戟廣寸有半寸、
內三之、胡四之、援五之。
倨句中矩、與剌重三鋝。

戈廣(広)二寸、
內これを倍にし、
胡これを三にし、援これを四にす。
已(この)倨(きょ)
則(すなわ)ち入らず、
この句(く)則ち決(わか)れず、
長き內(ない)は則ち前に折れ、
短き內は則ち疾(はや)からず、
是故倨句外に博し。
重三鋝(れつ)
戟廣寸有半寸、
內これを三にし、胡これを四にし、
援これを五にす。
倨句中矩し、
剌を與(与)え重三鋝。

廣:幅
内・胡・援:戈戟の部位。
図解参照。
三・四:3倍・4倍にする
倨:僅かに湾曲した様
入:ある物に突き入る、
外部から中に進み入る
句:かぎ、曲がる
「倨句」で物事の曲がり具合
疾:鋭い
博:大きい
重:重量
鋝:諸説あり。例えば、
故・関野雄先生によれば、
1鋝=100g前後。
故・林巳奈夫先生の
「戦国時代の重量単位」
『史林』51(2)(無料PDF有)
より。
【追記】
末尾の数表が
潰れているのが残念ですが、
内容が体系的な論文で、
度量衡に対する
考え方についても
参考になりました。
折に触れ、
詳細を見ていきたいと思います。
【追記・了】
寸:周尺で1.8cm余。
1.8cmで計算すると
分かり易い。
10寸=1尺。
有:端数
中:物事が途中である様
矩:四角形、直角
剌:戟刺。柄の先端に付ける
ソケット型で両刃の刃。

2、図解とその要点

この種の文章については、

文言の整理よりも
図解を見た方が早いかと
思いますので、

まずは、以下のアレな図を
御覧ください。

要は、上記の引用の
概要を図解したものですが、

あくまで、
サイト制作者個人の解釈につき、

参考程度の御話
御願い出来れば幸いです。

因みに、図の作成過程や注意点は
前回の記事で綴った通りです。

加えて、ここで注目すべきは、
これも先の記事で
少し触れましたが、

『周礼』考工記にある
戟体の規格
西周時代の出土品のひとつと
周尺で符号する点です。

図で言えば、
上記の引用にある数字と
縮図の大きさの誤差
ミリ単位というもの。

3、戈と戟の違いとその部位
3-1、戈と戟の違い

さて、戈と戟の違いは
あってなきが如しで、

具体的には、

定義から言えば、

には柄の先端戟刺が付き、
干頭と戟体の大きさが少々異なり、

さらに細かいところでは、

援の曲直
少々違う程度のものです。

それも、時代が下れば
形骸化する部分もある始末。

そのためか、
例えば、楊泓先生は、

『中国古兵器論叢』では
戈と戟を同じ章で
説明していらっしゃいます。

3-2、主要な部位である援・胡

それでは、
部位ごとの
定義めいたものの説明ですが、

主な部位として、
援・胡・内の3つ
あります。

因みに、「援」は、

戈や戟の部位
という意味以外には、

「(ひ)く」とも読み、
引く、引っ張る、
という意味もあります。

次いで、「胡」ですが、

「顎鬚(あごひげ)」
という意味もあります。

正直なところ、

当初、サイト制作者は、

胡の長さの定義が
下刃の付け根の
曲がった部分を含むのかが
分かりませんでした。

そこで、字義宜しく、
ヒゲが垂れ下がるという
意味合いと、

原文の比率に近い形状の
いくつかの出土品の
縮図を参考に、

図にあるような説を
採りました。

結果として
正解であったことで、

助かった心地です。

3-3、広(=幅)と柄の関係

さらに、
「広」=幅の定義ですが、

これについて、

実は、
サイト制作者としては、

当初、胡の幅の
柄と重複する部分を
含むのか否かが
分からず
困りまして、

これも原文にある
援・胡・内の比率に近い形状の
いくつかの出土品の縮図を
参考に、

柄からはみ出た部分、
という説を採りました。

その図解が、以下。
以前の記事にも
掲載したものです。

『周礼』(維基文庫)、『周礼注疏』(国学導航)、伯仲編著『図説 中国の伝統武器』、戸川芳郎監修『全訳 漢辞海』第4版等より作成。

ですが、
今回の
『周礼』考工記と
西周時代の出土品の縮図の
照合により、

胡の定義
間違いであることが
分かりまして、

要は、
柄と重複する部分も含めた
幅の長さ、

ということになります。

ここは、
サイト制作者の黒星。

3-4、援と反対側の刃・内

そして、「内」。

これは、援と反対側の
横の刃。

因みに、座右の字引き
(『漢辞海』第4版)では、
武器の部位そのものを
意味する言葉は
ありませんでしたが、

動詞では、
「〔人などを内部へ〕
引き入れる」
と、あります。

字義からして、

実戦では、

援のみならず、
内の刃でも
相手に打ち込むなり
引っ掛けるなり
するのかもしれません。

4、各部位の形状
4-1、戈戟を分ける援の曲直

部位ごとの長さや
定義めいたものに次いで、

形状の細かい説明について
触れます。

まず、戈頭の形状ですが、

先の引用では、
以下のようになります。

已(この)倨(きょ)
則(すなわ)ち入らず、
この句(く)則ち決(わか)れず、
長き內(ない)は則ち前に折れ、
短き內は則ち疾(はや)からず、
是故倨句外に博し。
重三鋝。

ここで、
前掲の図解
もう一度見ることとします。

まず、「この倨則ち入らず」
ですが、

実は、ここが、
サイト制作者にとっては
あまり自信がない部分ですが、

一応愚見を開陳します。

「倨」小さい曲がり。

「句」は、その対比で、
恐らく、大きい曲がり
意味することと思います。

さらに、「倨句」は熟語で、
曲がり具合を意味します。

ですが、ここでは、
文字通りの
曲がりの大小というよりは、

倨は援の切っ先の曲がり、
句は胡の曲がり、

と、理解した方が
分かり易いと思います。

詭弁に聞こえるかも
しれませんが、

実際、胡の曲がりの方が
援の先端の曲がりよりも
長さ(≒大きさ)が
あるので、

原文の解釈にも
準拠していると思います。

【追記】

そもそも、『周礼注疏』の
『釈名』の引用に、
以下の文言がありますね。

倨謂胡上、句謂胡下、
倨与句皆有外廣、

倨は胡上をいい、
句は胡下をいい、
倨と句は皆外廣に有り、

【追記・了】

そのように考えると、

援の切っ先が
俯角で収まることではないか、

つまり、「入らず」は、
水平線以下=
仰角(角度がマイナス)には
沈まない、と。

その根拠として、

春秋時代の戈頭の出土品
援の曲直について、

管見の限り、

例外なく水平か
角度がほとんどありませんで、

(困ったことに、
その前の西周時代の戈頭の
縮図や写真等が
座右には多くありません。)

後述の戟の「中矩す」との
対比だと見た次第です。

4-2、戟刺・戟体は実は一体?!

もっとも、

西周時代の戟には
援が水平なものもあります。

これが話を
ややこしくしているのですが、

その一方で、

そのタイプのものは、

先の図解のように
戟体と戟刺が
一体になっていまして、

サイト制作者にとっては、

これが『周礼』考工記の規格との
接点を考えるうえで
大きなヒントになりました。

そのヒントというのが、
「これ句則ち決(わか)れず」です。

因みに、「句」は、
曲がる、かぎ、
意味します。

ここでは、
湾曲するタイプの援、
と、いったところか。

さて、西周時代の
特有の状況として、

戟体も戟刺も一緒くたの
ひとつの鋳物だからこそ、

こういう表現になる訳で、

換言すれば、

「決」れるか否か、ここが、
戟と戈の違いでもあります。

因みに、楊泓先生は、

時代が下って
戟体と戟刺が分かれたものを
「分鋳」と称して
いらっしゃいまして、

形状の変遷を抜きには
見えて来ない
重要なポイントだと
思った次第です。

4-3、一通りではない内の形状

そして、部位の最後に、
「内」の説明です。

長き內は則ち前に折れ、
短き內は則ち疾からず、
是故倨句外に博し。

これですが、

まず、長い内が
下に曲がるタイプ
西周時代の出土品にあります。

むしろ、標準的な仕様は
後者と言えるかもしれません。

で、曲がるタイプの刃、
―つまり前者は、
自ずと外に広がるかたちになる、

―ということかと。

加えて、
「重三鋝」についても
少し触れます。

「重」は重さ、
「鋝(れつ)」はその単位。

故・林巳奈夫先生の説によれば、

故・関野雄先生の説として、
1鋝=100g前後で、

『周礼』の文言と
戦国時代の青銅剣の
重さを照合して
弾き出したとのこと。

【雑談】剣の重さと身分の話

ここで、以前、記事にした、

桃氏の剣の茎(なかご)と
剣の長さの関係が
身分を意味するという
御話ですが、

サイト制作者の忘備として
少しばかりおさらいします。

まず、以下が当該の文言です。

身長五其莖(茎)長、
重九鋝、
謂之上制、上士服之。

身長その莖(けい)長を
五にし、
重九鋝、
これをいうに上制とし、
上士これに服す。

上士の剣の全体の長さは
茎の長さの5倍で
重さ900g前後であり、
これが順守すべき規則である、

という訳です。

以下、中士の剣は
茎の4倍の長さで
700g前後。

下士のそれは
3倍で500g前後。

この長さになると、
片手で振り回せるものと
想像します。

因みに、
士は卿・大夫・士の士で
さらに上・中・下の
ランクがあり、

『周礼』夏官によれば、

外征では、上士が卒長として
100名の兵士を統率し、
中士が両司馬として
25名を、
下士が伍長以下で
5名を統率、
あるいはヒラの兵卒、
というヒエラルキーの
春秋時代以前の軍隊組織。

下士以下の御話は、
『周礼注疏』にて。

余談序に、
あまり調べてもないのに
滅多なことを書くものでは
ありませんが、

これについて、
サイト制作者の妄想をひとつ。

例えば、『史記』に、

戦国時代の終わり頃に
長い剣をぶら下げて
飄々とした生き方をする
食客がひとりならず
いまして。

時に、国の淘汰によって
失業した士大夫が大勢おり、

その一定数が
大国の世家等の食客として
雇われていた時代と言えば
それまでですが、

恐らく、そういう人々の
上澄みの部分であろう
荊軻や毛遂なんかは
外交儀礼に通じていまして、

使節、あるいは
その随行員として
むこうの王様と
首尾良く謁見出来た後、

後世に名を残すレベルの
大騒動を起こしたのは
御周知の通り。

【追記】

以下の話については、

馮煖(ふうかん)と毛遂の話が
どういう訳か、
サイト制作者の脳内で
同一人物になってました。

恥ずかしいので
消したいのですが、
自分への戒めとして
残しておきます。

書いていて何ですが、

このサイトは
こういうヘマ「も」多いので、
御注意下さい。

読者の皆様が、何かの折、
「ここは(ここも)怪しい!」
と、御思いになる部分があれば、

その直感は、まず、
当たっていると思います。

【追記・了】

で、その毛遂なんか、
居候の癖に、

寄生先で、
帯びている剣に向かって
主君にあてつけがましく
待遇が悪いとゴネる辺り、

この『周礼』冬官の件から、

長物を帯びること自体が
士大夫以上の教育を
受けたことの
証左や矜持ではなかったかと、
ふと、思った次第です。

この剣が目に入らんのか、
自分はひとかどの
頭脳労働が出来るぞ、と。

4-4、出土品と重さの相場

重さの話に戻ります。

さて、恥ずかしながら、
関野先生の研究に
目を通していないので、

孫引きの話を出すという
回りくどい書き方になりましが、

関野先生の御説は、

サイト制作者としては、
割合イイ線行っている
ように見受けます。

その根拠めいたものについて、

先述の『中国古兵器論叢』で、
少々確認します。

残念ながら、

西周時代の
戈頭・戟体について、

単体で
形状と重さ双方が
揃って明示されたものが
あまりないのですが、

小さく軽いもので
131g、
重くて断面が厚いもので
594g、
(双方共、河南省浚県出土)

さらに、楊泓先生曰く、
小さく軽いものは
盾と併用して使う
していまして、

つまり、長物の範疇ではない
ということになります。

このように出土品の軽重に
バラつきがある一方で、

図解と同じく
儀仗用と思しきもので
戟体(戟刺)の長さが
25.5cmで
重さが275g
というものもあり、
(甘粛省霊台県出土)

重い部類のものとの誤差が
少々気になりますが、

決して現実味のない数字
ではないように思います。

5、戟の規格

引用の残りの部分についても
触れます。

戟廣寸有半寸、
內これを三にし、
胡これを四にし、
援これを五にす。
倨句中矩し、
剌を與(与)え重三鋝。

戟廣(広)=幅、
その他の大きさについては、
図解の通りです。

「廣」を基準に、
援・胡・内について
一定の倍数を伸ばす訳です。

次に、「倨句中矩し」ですが、

「矩」は直角、
「中」は物事が途中である様。

余談ながら、

人サマが「中」であれば、
宦官を意味します。
「中人」―漢代の解釈です。

それはともかく、

曲がり具合が
90°を切るという御話。

主語が省かれているので
分かりにくいのですが、

先述の戈頭についての件の
「この倨則ち入らず、
この句則ち決れず。」
の部分が、

恐らく、
戟刺の有無も
含んでいることで、

戈頭との対比と見た次第。

で、こちらは、
「剌を與(与)え」る、
つまり、戟体の上部に
戟刺がある、と。

おわりに

最後に、例によって
今回の記事の要点を
整理します。

1、西周時代の戟には
戟体と戟刺が
一体になったものが存在する。

重さは標準で300g前後。

2、『周礼』考工記の戈戟の規格は
1、のタイプに即している。

3、サイト制作者の想像であるが、
戈と戟の援の違いは、
水平か曲がりがあるか、である。

4、西周時代の内には、
外側に張り出して曲がるタイプも
存在する。

5、戟刺の有無は、
1、の形状から判断する必要がある。

6、本文には多くは記していないが、
この件については
時代が下って形骸化した部分が
少なからずある。

【主要参考文献】(敬称略・順不同)
『周礼』(維基文庫)
『周礼注疏』(国学導航)
楊泓『中国古兵器論叢』
林巳奈夫「戦国時代の重量単位」
稲畑耕一郎監修
『図説 中国文明史』3
伯仲編著『図説 中国の伝統武器』
『戦略戦術兵器事典1』
(来村多加史担当箇所)
戸川芳郎監修『全訳 漢辞海』第4版

カテゴリー: 兵器・防具 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。