『周礼』冬官考工記の定める武器の規格 01

はじめに

今回は、予定を少々変更して、
『周礼』の武器(戟・戈・殳・矛)
についての件を読むこととします。

やることが二転三転して
大変申し訳ありません。

と、言いますのは、

諸々の文献
古代中国における武器の
効能や長さ等について
論じる際、

必ずと言って良い程に
典拠に用いるのが、

この『周礼』冬官
当該の部分です。

いえ、古代中国どころか、

時代が下った後の中国武術も、

入門書レベルのものに
目を通すと、
どうも、これを
目安のひとつにしている模様。

したがって、

先の『逸周書』の話での
悪例もあることで、

サイト制作者が
(断片的な引用を典拠に)
拙い自説を述べる前に
これをやった方が、

読者の皆様にとって
何かと役に立つであろう
考えた次第です。

―ホラ、アレです。

素人同士の将棋なんかで
難局で長考した挙句、

名手が浮かばず、

当たり障りない凡手で
御茶を濁すという、
悪い意味でのあるある・・・

1、まずは、原文を読んでみよう

それでは、本論に入ります。

『周礼』とは、
先の回に触れたように
大体は周代の話と思しき
中国最古の行政法典ですが、

官制や末端の行政組織の
詳細はおろか、

車両や武器、船舶、道具、
といったようなものの規格まで
記されています。

で、早速、以下の引用となります。
戦車兵の武器の長さの話です。

なお、書き下し文は
サイト制作者
―素人の御手製です。

自分の書き下しの練習の他は、

特に漢文が苦手の方には、
(あまり人のことは言えませんが)
あった方が意味が組み易いかと
考えた次第。

車有六等之數
車軫(しん)四尺、謂之一等
戈柲六尺有六寸、既建而迤、
崇於軫四尺、謂之二等
人長八尺、崇於戈四尺、謂之三等
殳長尋有四尺、崇於人四尺、謂之四等
車戟常、崇於殳四尺、謂之五等
酋矛常有四尺、崇於戟四尺、謂之六等
車謂之六等之數

車は六等之數を有す
車軫四尺、之をいうに一等
戈柲六尺有(ゆう)六寸、
既に建てて迤(ゆ)く、
崇は軫四尺、之をいうに二等
人長八尺、
崇(「たか」か?)は戈四尺、
之をいうに三等
殳(しゅ)長は尋有四尺、
崇は人(ひとごと)に四尺、
之をいうに四等
車戟常、
崇は殳四尺、之をいうに五等
酋矛(しゅぼう)常有四尺、
崇は戟四尺、
之をいうに六等
車之をいうに六等之數

六等:『周礼注疏』は
「車は天地の象を有す」とし、
『釈名』の説く易の三材六画を
紹介する。
軫:馬車の車載部分の横木。
ここでは、戦車の乗車スペースを
面積と見た場合の前後の長さ。
横長の構造につき、
縦はそれより短くなる。
尺・寸:周制の1尺は18cm余。
1尺=10寸。
1尺=18cmで計算すると
分かり易いと思われる。
柲:武器の柄。
有:端数。
迤:斜めに立て掛ける。
崇:高さ、もしくは長さ。
『周礼注疏』より。
殳:先端に針が放射した
球体が付いた打撃用の棒。後述。
「殳」の動詞は「打つ」の意。
人:ひとりひとり、各々
車戟:戦車兵が使う戟。
通常のものより長い。
常:2尋=16尺。
酋矛:『周礼注疏』によれば、
短い矛を意味する。
「酋これを言うに遒なり」
遒(しゅう)は、迫る、近い、
間近になる、の意。

因みに、書き下しは

今回は、守屋洋先生・守屋淳先生を
御手本に、語順を意識し、

例えば、
「之を諸葛饅頭という」ではなく、
「之をいうに諸葛饅頭」とやりました。

合っているかどうかは元より、
読みにくければ恐縮です。

で、一応、内容を表に起こすと
以下のようになります。(周尺換算)

【追記】

表中の「六等」の「長めの」は
間違いで、
正しくは「短めの」です。

【追記・了】

【雑談】不可解な6つの区分

さて、まず、
「六等の數」ですが、

正直なところ、

サイト制作者は、未だに、

この意味や
6つの区分の理由が
分かりません。

一応、「六」も「等」も、
字引で当たりましたが、
戦車や武器に関連するのものは
ありませんでした。

武器関係の諸々の書籍も、
「六等」に言及するものは
寡聞にして知りません。

御参考までに、

上記にある通り、
『周礼注疏』によれば
の話でして、

したがって、
天之道だの、地之道だの、
易の三材六画の話であれば、

軍事的な合理性とは
無関係ということに
なろうかと思います。

例えば、

T54戦車の球形の
恐らく糞狭いであろう砲塔内で
プラネタリウムが
見られるとすれば、

夢のある話、には、
思えませんね。

むこうの哲学の深淵や
プラネタリウムの
幻想的な雰囲気なんぞ、

露程にも感じられないかと
思います。

―狭い車内につき、

「あれがオリオン座だよ」と
交際相手の肩に
手を回そうとして、

壁に手をぶつけて
奇声を発する訳ですね。

まあその、

こういう僻んだ意訳を
しているうちは、
ロクなことは
出来ないかもしれません。

後、「天」は、天体ではなく
森羅万象を意味するのでしょう。

与太話はともかく、
サイト制作者としては、

現段階でこの易の説を
肯定する材料も否定する材料も
持ち合わせていませんで、

調べ事が進んで
深い意味が分かれば、
またその時にでも補足します。

2、基準となる身長

続いて、数字の目安ですが、

「人長八尺」
当時の成人男子の身長を
8尺と想定していたという
御話でしょう。

周制で1尺=ほぼ18cm。
8尺で144cm。

座右の字引き『漢辞海』では
18cmでして、

サイト制作者も
前回の図解を作成する際、
これで計算しました。

先の記事でも書きましたが、

サイト制作者が
ここでこの数字を採るのは、

次の秦の時代における
成人男子の身長の基準が
6尺5寸でして、

秦尺に換算すると
150.15cmと、

ほぼほぼ、周尺の8尺に
相当するからです。

ですが、この換算は
大体のレートでして、

10cm程度の誤差
折り込んだ方が
良いのかもしれません。

また、1尺の長さは
古代から民国時代まで
少しづつ伸びる傾向
ありましたが、

例えば、
前述の周尺で18cm余、
秦漢時代は23.1cm、

さらに、
魏晋のそれは24.2cm。

で、この間、
若江賢三先生によれば、

春秋時代初期は19cm弱、
その末期には21cm、

そして、戦国時代には、
23cmに伸びたと
考察していらっしゃいます。

この辺りの話が書かれた
論文ですが、

以下は、
以前の記事でも上げた典拠です。

『春秋時代の農民の田の面積』
愛媛大学法文学部論集
人文学科編 (38)
(PDFでダウンロード可)

論文検索サイト
ttps://ci.nii.ac.jp/
(一文字目に「h」を入力。)

で、その場合、

春秋時代初期の1尺を
19cmとすれば
8尺=152cm、

末期の21cmでは
168cm。

ですが、こうなってくると、

人の身長で
田んぼの面積や
軍隊の進退を計測するのが
難しくなってくるので、

春秋時代の1歩=8尺(仮説)から
戦国時代の1歩=6尺に
調整された可能性
説いていらっしゃいます。

先述の周尺換算の「人長八尺」と
秦代の成人男子の身長に
それ程差がないのも、

恐らく、この辺りに
そのカラクリが
ありそうなもので。

因みに、
1歩=5尺に改められた唐代は、
1尺=31.1cm。

以降、民国時代まで1歩=5尺で、
民国時代は1尺33.33cm。

イップ・マンなんかも
このレートで
計算していたのかしら。

さて、1尺の長さとは別に、

身長と
両手を広げた左右の長さが
同じとし、

これを8尺=1尋とするのは、

当時のむこうの
勘定の方法です。

2、「四尺の武器の活用法

先述の数字に対する感覚を参考に、
話を引用箇所の補足に戻します。

「人ごとに四尺」については、

篠田耕一先生
戦車兵が対歩兵用
短い戟を使うとしていまして、

大体この長さの戟や戈が
士大夫の副葬品として
出土していることで、
(河北省藁城・殷代墓)

サイト制作者も
この説がそれらしいと思います。

もっとも、
戦車兵の用例の史料までは
確認出来ていませんので、

その辺りは
もう少し調べる必要がありますが。

また、その他の武器の長さの
定義めいた話ですが、

まず、戈の柄の長さが
6尺6寸。
周尺で118.8cm。

戈は先端には、精々、
銅製のカバー:龠(やく)が
付く程度につき、

柄の長さが
ほぼ全長となります。

次いで、殳。

尋有四尺、
1尋4尺=周尺216cm。

さらに、長短双方ありまして、
短いものは戈と同じ周尺で72cm。

近代戦の戦車における、
主砲と副砲の関係に
近いのかもしれません。

つまり、戦車兵用の長物が、

対戦車用の徹甲弾や
距離の離れた歩兵を叩くための
榴弾等の砲弾を装填する
大口径砲、

短いものが、

近寄ってくる敵の歩兵を
追い払うための重機関銃に
相当するのかしら、

という御話です。

3、全長か柄の長さか

その他、ここで
サイト制作者が気になるのが
殳の長さでして、

具体的には、
全長か柄の長さか、
という御話。

何故、こういう面倒なことを
考えるかと言えば、

詳しくは、
恐らく次回触れますが、

殳の構造を考えると、

この解釈の違いで
恐らく40cm前後のズレが
生じるからでして。

さらに、殳の出土品も
少ないと来ます。

サイト制作者としては、

戈は「戈柲六尺有六寸」と、
わざわざ「柲」と書き、

一方で、「人長八尺」と
ストレートにやっているので、

以降の矛・殳は、

柄の長さではなく
全長の長さが自然な解釈か
思います。

つまり、殳の
1尋=4尺・周尺216cmは、
全長である、と。

4、目安と出土例

ところが、
面倒な実例もありまして。

と、言いますのは、
次の車戟の御話。

まず、先に引用した文には
「車戟常」とあります。

常=2尋、
周尺にして、288cm。

で、有難いことに、

車戟の場合は、

春秋時代までのもので、

柄の長さが判別出来る
希少な出土品が
1980年代の段階で
少なくとも2例あります。

これによると、

何と、全長ではなく、
柄の長さが、
周尺の常とほぼ同じでして、

サイト制作者としては
頭痛の種が増えるばかり。

もっとも、規格外の長さの
戈戟も出土していることで、

如何に行政法典が
定めたものとはいえ、
形骸化した運用例からして
一応の目安であろう、

―星の数程あった車戟の中で
2例に過ぎない、

という見方も
出来るのかもしれません。

サイト制作者の持つ
この辺りの全体像としては、

楊泓先生や薛永蔚先生の
御説宜しく、

まずは、長さ順に、
矛→殳→戟戈、という、
機能に応じた大体の順序があり、

そのうえで、
サイト制作者個人の
愚見として、

『周礼』冬官の定める
各々の長さは
或る程度は合理的な目安である、

―という程度の認識に
したいと思います。

【追記】

先述の2例の車戟ですが、

1尺を19cm弱―
19cmで計算すると、

誤差の大きい方でも
20cmを切るという具合に
イイ線行くので、

この辺りが
時代と長さの相場かしらと
思う次第です。

以下は、前回に掲載した図解の訂正版。

『周礼』(維基文庫)、『周礼注疏』(国学導航)、楊泓『中国古兵器論叢』、篠田耕一『武器と防具 中国編』、伯仲編著『図説 中国の伝統武器』、小佐野淳『図解 中国武術』、『戦略戦術兵器事典1』(来村多加史担当箇所)、戸川芳郎監修『全訳 漢辞海』第4版等より作成。

【追記】

長沙・瀏城「橋」より
出土した戈は、

春秋時代ではなく、
恐らく戦国時代のものです。

『中国古兵器論叢』には
「東周」とあり、

故・林巳奈夫先生の
『中国古代の生活史』には、
「前4世紀」とあります。

入れてはいけないものを
入れてしまった模様。

【追記・了】

各々の武器を
出土した時の状態に近付け、
車戟の規格を柄の長さから
全長に改めました。

また、『周礼』の規格を
厳密なものではなく
目安と思うかですが、

長さはまだ大人しいもので、

戟体・戈頭の方が
全長よりも規格外れの
ぶっ飛んだ形状のものが
多いからですが、

この辺りの詳細は、
また後日。

【追記・了】

因みに、にも、
戈は元より、殳と同様、
長短あります。

殷代にまで遡りますが、
64cmの柄
出土しています。

戟体・戟刺の長さを足せば、

引用の通り、
4尺=72cmに近い長さ
なるかと思います。

殷代のものが
次の時代の周尺で推し量れる
不思議、

言い換えれば、

武器の構造自体が
人体のそれとの整合性で
成り立っている
証左だと思います。

出土品の形状の詳しい話は、
また後日。

5、戦車兵の矛は短めの得物?!

最後に、矛について。

まず、短い矛―酋矛ですが、

先の引用には
「酋矛常有四尺」とあり、
2尋4尺=20尺、
周尺換算で360cm。

また、上記の引用にはありませんが、
長い矛―夷矛というものが
『周礼』冬官にはありますが、

この箇所で
省かれていることから、

戦車兵の武器としては
長過ぎるのかしらと
推察します。

ですが、この辺りの話は
次回以降とします。

そろそろ、
この辺りで一区切りして、

続きは次回以降と致します。

なお、これらの話の
全体像をあらわす
図解の作成、及び、

前回の記事で掲載した
図解の若干の訂正は、

日を改めての作成を考えています。

おわりに

例によって、
以下に要点を纏めます。

1、『周礼』冬官には
戦車兵の武器の規格の件がある。

2、戈の長さは6尺6寸、
殳の長さは1尋(8尺)4尺=12尺、
車戟は1常(2尋)=16尺、
酋矛1常4尺=20尺である。

3、ここでは
周尺(1尺18cm)で換算したが、

若江賢三先生の説では、
春秋時代も初期(19cm弱)と
終わり頃では、
1尺で2cm程度の違いがある。

4、武器の長さの
目安のひとつとして、
兵士の平均身長を
8尺として計算している。

5、戈・戟・殳については、
長物の他に
4尺の長さのものもある。

6、各々の武器の長さは
恐らく全長を想定している。

【主要参考文献】(敬称略・順不同)

『周礼』(維基文庫)
『周礼注疏』(国学導航)
楊泓『中国古兵器論叢』
篠田耕一『武器と防具 中国編』
伯仲編著『図説 中国の伝統武器』
若江賢三『春秋時代の農民の田の面積』
鶴間和幸『秦の始皇帝』
小佐野淳『図解 中国武術』
『戦略戦術兵器事典1』(来村多加史担当箇所)
戸川芳郎監修『全訳 漢辞海』第4版

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